きそのなかのきそ

天術家 天華とも(ともくん)

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最近人とであって、

「敬語はなせんけん。無理なひとウザイしきら~い」

とかいう人を見て、眼が点になってしまうことがありました。

内側に何もない。

一般人の頭の中が文庫本なら 薄っぺらいレーザープリンターの紙切れ一枚のような

人々が続出しているのです。

「アハハ~うける~ウザ~いきも~い」

と笑ってはいるようだけれど、まじめな話が出来ないんで、きょとんとして

大人たちや世の中に即刻取り残されてしまうわけです

それはもちろんそれに関与した大人たちの教育にも

十二分に責任があるのでそれがいけないのですが、

そういう人が子供を産んだり育てたりする。それで事件かなんかではころしちゃうのよ。

非常に身の毛もよだつ世の中であると思います。

外見だけはお金をかけられよく出来ても、中身が最中

その乖離が激しすぎて、もう見るも無残なのです

中身が無い。

紙切れほどの考えしかないため、すぐに風で飛ぶのです

もちろん育った環境なんて人それぞれだし、

下手に気を使いすぎて、固くなることは無いけど、

でも、そんな気を使うこと無いほどのレベルで

ですますくらいの語尾敬語はつかえるでしょうよ。とおもう。

それでうちとけてくだけた会話になるならわかるし、フレンドリーでいいと思いますが

ああ、これはもういちから勉強しなくちゃダメなんだろうな。

話しているこっちが顔が真っ赤になって、恥ずかしくもなり、情けなくもなるのです。

時間を返して欲しいように思うことも、あります。

若者のモラル低下、というのはそれはどうしても

若い分仕方が無いのかもしれないけれども

仕方が無い、と諦められないような

あからさまな人々がいることが事実なのですから・・・。

年齢とか立場関係なく

相手に恥をかかせない、ということは実に必要な品格だと思います

街を歩いていると、いろいろな人と出会うけれども、

なんでこれくらいの愛想とか礼儀とか、まともに出来ないんだろうなあ。

と思ってしまうことがしょっちゅうあります

とか、お金を渡すときも、奪うように店員さんが取るしぐさがあるでしょう

すごい張り詰めた冷たい態度とか、

いい思い上がった根性で接客が出来るなあ。とおもうし

学生さんたちは若くしてとても立派でまじめな人もいれば、

正反対に道端で悪ふざけをしてそれをSNSに投稿する始末。

それで就職に、自分の長所の一つも説明できず受からなかった

という人の話しを聞くと当然でしょうと思うし

そんなひと求められるはずが無いと思うし。

これが、20代の大人のやることなのだろうか。とおもうことはある。

わたしがお店の店員であれば、こちらはお金をいただく側ですので、

そんな思い上がった態度をしてはならないと思います。

それだけでなく、させていただく、関わらせていただく

笑顔は当然。

よほどのことでなければ、塩対応なんてしたらこちらが首になって当たり前。

技術職でもそうですよ。わたしのような講師業でも

執筆に関わる人でも

仕事に関係なくとも

相手に対する礼節は絶対になくてはやる資格が無いし、そんなものは必要がない。

愛され愛し成り立つのだから

そういう思いでいれば、別に無意味に気を使わなくとも

だれからも一目置かれ何事も無く理解されるものだと思います

そういうおもいが根底に無くては、

なにをするにしても、意味が無いと思う

どんなことでもいいけれども、

相手がこちらにたずねてきたら、まず、おいそがしいところどうもありがとう。

でしょう?いつもありがとう、からはじめて当たり前。

自分が良く思われたいからではなく

もう、条件反射でそれが当然のこと

それくらいでなければ無意味だと思うし、

そしてそれを押し付けるのでなく、こちらがやり続けていけばいいのです

そういうのも、全ての人がしっかり見ているから

ちゃんと採点されています。

カフェやレストランや接客をされている側でも

横柄な客に丁寧な店員も問題ですが

丁寧な客に横柄な店員というじつにありえない光景が、ここ最近は見られることも。

やはりいちばんたいせつなのは、

特に何かされて、とかというわけでないならば、

真心をいかに込めて対応できるかだけにある

それは本当に基本中の基本

別にこだわる必要がないのです

それをいやがるなら、やめちまえよとおもう。

本当にそういう基礎中の基礎意識って、大切なことだよね。と思います



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