他人ではありません。結局世の中を良くしているのも悪くしているのも、あなたの心からなのです。

天術家 天華とも(ともくん)

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結局世の中を良くしているのも悪くしているのも、あなたの心からなのです。

他人ではありません。

それを知ることです。

逃げようもないのですよ。

人間の魂には、光の魂と、闇の魂があります。

①光の魂とは、献身的で温和で理性的で温かみがあり

人には優しく、自分には厳しく常に前向き、

愛のある人格です。

自分も人々を愛し、他者からも愛されます。

その反面闇の魂とは、

②悪の代表。常に悪意、妬みそねみ僻み

嫉妬悪口、利己性そういうとんでもない側面をもっている黒い悪魔の魂です

これで、この地上界には

天国から降ってやってきた人、悪魔のいる地獄界から這い上がってきた人々、

その2タイプがざっくり分けるといるのです。

そのほかに地上に一度としてきたことがない自然霊、(神々の世界、龍神や狐狸など)

突飛な特例でなんど生まれ変わっても何にも反省しようともしない

悪意のかたまりのような魂

根本的に地上での修行経験が少ないながら、献身の目的で降誕した

才能の子供たちもいます。

ほんとうにこれだけ多種多様なレベルの人々がこの世界には降りてきているので

ひとすじなわではどうにか・・・といきずらい側面や、

真理、と呼ばれるものの見方も、莫大な価値観があります。

光の世界の子供たちは、成長して大人になっても

悪と呼ばれるものの深い人々と関わると、とてもショックを感じてしまうことが

多いのではないでしょうか

「えっ?!こんなことを考えてる人だったの?こんな悪いことを平気でするの?」

そうやって驚く人は、魂が美しい人。

「当たり前だろ人間なんだから だれでも人を貶めることを喜ぶものさっ」

そういえる人は、悪意の要素もすこしある人。

多少意地が悪いとか、欠点があるとか、うらやましいとよく感じてしまうとか、

そう思うような人はまだ救われているほうで、

そうならまだしも、ほんとうに、とーんでもないくらい手のつけられようもない悪党、

ド悪人、ド罪人レベルの悪魔、というのが隠れているんですもの。

なかなかこれが、どうしたことか・・・というものでね

魔界人とか、サタン、ルシファーですね。

そういうような感性の人はいますもの。ほんとうに

私がそういうと、それを訂正するように、こういうコメントがありそうです。

「すべてワンネスで集合意識で善人も悪人も一つ!」とすごいどんぶり勘定で

言い切る謙虚そうに錯覚してしまうスピ系・・・の方々もいますが、

“そういう人こそ要注意ですよ”でもあるんです。

そういう人こそ、一対一、礼節が必要なときの対応や常識など

何考えてるのかわかんないんだから。本当に思う。

本当に、“悪はある”んだからね。

まさか、あるのか?と理解できなかったこともありましたが、甘かったですね。

ありますね、悪は。

それでこの世の中では天使と悪魔が常に出会い、その中で

光の世界を創るために、光の力を伸ばすために全てのことが起こっているのです。

だから言い換えれば、善人のほうが主役だ、

と思い込んで生きるほうがいいですよ。

悪貨は良貨を駆逐する、ということわざどおり

この世では正しいことをしたり、おもいやりを実践したり

本気で生きようとする人々が、偽善者だといわれたり、間違った方法で権力や

実績を得る人々に攻撃されて虐げられたり。

弱者に世間は冷たい部分は、本当にあると思います。

本当に助け合ったり、支えあうこと。

本心から世の中全体や相手のことを考える魂というのは、まず超・少ない

といっても過言ではないかもしれません。

これも驚きでしたね~。

なぜ悪があるのか、善があるのか、

この力の意味は、私もたやすく語れる世界ではないんですけど、

悪=物質主義の力

善=精神主義の力

にたとえるなら、いままでの世の中はもっぱら悪が支配することが多かったわけですが、

その悪にも必要悪として理由があって、というかそもそも自然発生的に

美があればその下に醜いものが照らし出されて存在するように

“善”を助長させるためにあったのではないか、ということ。

悪意があれば、苦しみが生じ、それを何とかしなくてはならないと

皆で協力しようとなるでしょう

自分を見つめなおそうとも思えるし

正しいことや、良いことの価値が出てきてしまうのです

今の世の中は、戦後から物質中心価値観に支配されているところは多いですが

それを嘆く声もあるけど

私はすべてがそうではないんですね。

そういうと誤解もあると思うので弁明させてもらいたいのですけど

物質で栄えた世の中になったということは、表面的には豊かな世の中、表面的幸せが

美の側面が成長した世界にはなった。ということ

既成の宗教やスピリチュアリズムで精神を鍛えましょう、人生は修行です

の一点張りで“幸せを求める”と口では言いながら

貧しいことが裕福なこと、

醜いことが美しいこと、

傷(それにも意味はあるのですが)のまっただなかにいることこそ天国にいること

ずべてボランティアだけが正しいこと・・・

みたいな、本気でその自己犠牲を完全にこの場で皆がやったら

一気に生活できなくなり、やせ細り、天国の世界を表現するための文化は死に、

この世の中は正しく素晴らしいことを信じる人々が皆すべて1億弱体化して

結局快楽をむさぼる魔界の人々に利権を握られてしまうことなのではないでしょうか。

正しい生き方を実践して弱い人間になって無抵抗に殺されてしまう善意ある人に、

勇気を感じません。

自分がやられるだけならまだしも、

それ以上に多くの犠牲者たちをだしてしまう現実になりかねないのです。

そう考えたら、本当に僕たちが今まで信じていた正義とか善意って言うのは

間違った部分もたぶんにあると思います。

人知を超えたスケールで、善や悪も神の掌で転がされて

私たちは大規模に人類の歴史の中でこそ、

学ばされてきた部分もあるのだと思うのです

だからこそ、うまく逆手に取り、“闇を逆に下に仕えさせる力を持つ、悪人の裏をかく”

それくらいの強靭さを、善人は持たねばならないのではないでしょうか。

間違っていると感じたときは穏やかな口調で、評議会とか委員会に投書したり

いじめなどを教育の現場で受けているときに見て見ぬふりにならないように

皆で一致団結して解決していったり。

わたしたちの元にある文明生活も、天国をこの地上に表現するためにあるものですので

それをもとめることはダメでも何でもありません。

正しく向き合って、幸せになる、と決意することが必要なのだと思います。

そして自分だけではなく、多くの人々にそれを届けられるように、幸せな世界

をイメージしてゆきながら、自分の仕事や人生や好きなことに打ち込んでゆく・・・・

それが世界全体へのボランティアになり、

実際の愛になるのではないかと、実際私はそう思っています。

そして悪と呼ばれるものも、安易にせず、闘ってゆける力が必要です

強く毅然と対応してゆける、そういう部分を持つことで、

世の中はもっと良くなってゆくのです。

人間だから当たり前と開き直られて、

それで自分は関係ないといっているようでは偽善者だと思います。

そうじゃなく、すべてを変えることはむずかしくとも、正しい力がすべてを温かく照らし続ける

ことは可能なんだと知ることだと思います。

そういう想いを一人でも多くの人々が、日本人が持つことで

それは世界の人々の良いお手本となり

世界が一気に救われてよくなってゆくことは、眼に見えていることだと思うのよ。




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